はじめに
定義(言葉の意味)や正しさは、いかなる時代、国、社会集団、規格などに準拠するかにより異なります。
当頁(ページ)の内容は、私個人が現在の日本において最も信頼できると考える、「日本ジュエリー協会」と「独立行政法人造幣局」の貴金属製品の表示規定に準拠した場合に得られる定義です。
硬度に関するデータは、ジュエリーや彫金の教科書に掲載されているいつのものか分からないデータよりも、いま現在実際に使用されている具体に即したものを参考にしたいので、豊富な種類の銀材を販売されておられる井島貴金属精錬株式会社のカタログ記載の数値を採用しています。
要するに、当頁に書かれていることは別に正しい訳でもなく、当頁に合致しない定義が間違っているわけでもなく、私の立ち位置から見ればこういう定義になりますよ、という個人の感想にすぎません。
正確なことは本当に偉い人に訊いてください(普通の専門家は中途半端な誤った知識しか持っていない場合が多いので、本当の本当の専門家に訊いてください)。
「925」刻印の普通の意味
一般的に、シルバー製品には三桁の数字の刻印が打たれています。
シルバーの含有率を千分率で示したもので、例えば「925」であれば、92.5%が銀で、その他7.5%は他の金属(銅など)が混ぜられた銀合金であるという意味です。
純銀(シルバー999~1000の間)では素材として柔らかすぎる為、アクセサリーにするには他の金属を混ぜて合金化し硬度を上げる必要があります。
「925」刻印の厳密な意味
「925」の刻印を見ると、「92.5%前後の銀が入っているんだな」と普通に思いますし、間違っている訳でもないですが、厳密に言うと違います。
数字は材質の表示というより、品位証明であり、この製品・作品は「銀92.5%以上の貴金属的価値を保証するものである」というニュアンスのものです。
つまり、銀含有率92.4%である場合は保証できないので、「925」の刻印は打てません。
また、品位区分の規格が定められているため、「924」というような中途半端な刻印は存在しません(規格によって多少区分が異なるので、当頁ではJIS規格区分SILVER 800.900.925.950.958.999を利用)。
ですから、銀含有率92.4%であれば「924」ではなく、「925」の一区分下の「900」を打つことになります。
シルバーの主要な刻印と実際の純度の関係は以下のようになります。
「SILVER 900」 90.0%以上 92.4%以下
「SILVER 925」 92.5%以上 94.9%以下
「SILVER 950」 95.0%以上 95.7%以下
日本で最も信頼性のある刻印は造幣局の刻印(日本国旗と菱形が特徴的な刻印)です。
造幣局では様々な貴金属製品に刻印を打つ品位証明の事業をしており、その検査の際、作品の銀ロウの使用に厳しい制限(同品位のロウ材の使用が条件)があります。
「銀ロウ」とは溶接(厳密にはロウ接)に使うハンダ(学校の技術の時間に使った奴)に似た金属製の超強力接着剤みたいなものですが、一番スタンダードな銀ロウ(五分ロウ)で65-70%程度の銀しか入っていません。
一分ロウ(90%)だと”同品位の銀ロウ”という規定を充たすことができるかもしれませんが、925と融点が近すぎて技術的に極めて困難です。
二分ロウ(83%)でもかなりの技術を必要とし、三分ロウ(77%)まで含有率を落として、ようやく実用的なものとなります。
ですから、ロウ付け部分の多いチェーン系の作品などを作ると、けっこう品位が落ちるわけです。
品位証明は製品・作品自体の重量比と規定されており、仮にSV950(95.0%)の素材でネックレスチェーンを作ったとしても、70.0%前後の銀ロウを多用する事によって含有率が下げられ、最終的には94.3%などに落ちてしまい、「950」の刻印は打てず、一段階下の「925」の刻印が打たれることになります。
「STERLING」刻印の曖昧な意味
しかし、シルバー925と950の間では、材質的な違い(特に硬度と粘性)があります。
法の遵守、貴金属的価値の証明という面において、上述の厳しい刻印規定は妥当ですが、多くの人々が刻印を「使用されている銀材の種類」と捉えているので、認識に齟齬が生じてきます。
「925」の刻印を「92.5%前後の銀が入っている」と認識する消費者と、「92.5%以上94.9%以下の含有率を有する」という刻印規定との間のズレです。
また、「925」と「STERLING」刻印との違いという問題もありますので、それを先にお話しします。
「スターリングシルバー」という語は、13世紀頃にイギリスで生まれたものです。
この語の由来に関してはいくつかの説がありますが、最も有力なのは、「イースターリング(東邦人、東邦地域)」という古英語を語源とするものです。
イングランドがドイツ北部(つまりイギリスの東邦)と交易(ハンザ同盟)する際に、ドイツ側からの支払いに利用された現地銀貨が含有率92.5%の銀合金であり、非常に堅固で質の高い銀貨であることから、「イースターリング(easterling)のシルバー(Silver)」と呼ばれ、この銀合金がイングランド全土でも標準銀貨として採用されます。
この「イースターリングシルバー」が、後に「スターリングシルバー」と短縮されます。
[参考文献 1982.Jewelry:Concepts and Technology.oubleday]
また、古英語「stiere(強い、堅固、不動)」を語源とする説もあります。
「STERLING」刻印の語源や歴史や実際の利用状況を考えると、「硬化処理された925」と捉えるのが適切で、単なる「925」とは分けて考えた方が良いと個人的に思います。
「925とスターリングシルバーの違いは、後者の割金(残り7.5%の金属)が銅のみである」などという記述をインターネット上でよく見かけますが、海外の規定を調べても、日本ジュエリー協会に問い合わせても、そのような規定を見付けることは出来ません(過去にはそう規定されていたらしい)。
辞書で明文化されたり、明確な規格規定にならないまでも、「STERLING」の刻印は、含有率925前後のシルバーに硬化処理を施すと最大の硬度の銀合金になる、という材質的な意味をイメージとして有しており、硬度の必要な銀食器などによく打たれています(硬化処理を加えない通常の状態では900の方がやや硬い)。
ですから、「925」と「STERLING」の違いは割金の種類の問題ではなく、「含有率92.5%以上の”品位証明”」と「銀含有率92.5%前後の”材質表記”」と考えた方が実質に合います。
実際、過去には91.5%~92.5%がスターリングシルバーとされていたアバウトな定義のもので、含有率の証明の刻印というより、材質表記に近いと考えられます。
「925」と「950」の関係
以上の定義を採ると、「925」の刻印で銀含有率が92.5%の作品(例、鋳造で作られたロウ付けのない925素材のブレスレット)と、「925」の刻印で銀含有率94.9%の作品(例、ロウ付けで作られた950素材のブレスレット)が生じることになります。
一方で「950」の高級感を好む人やブランド(日本で言えばPUERTA DEL SOLやYOHJI YAMAMOTOなど)もあれば、一方で「925」の材質(硬度)感を好む人もいます。
すると、後者(貴金属としての価値は低くても硬い方がいい人)にとって、この含有率のズレ(刻印925なのに材質950)が問題になってくるように思われます。
しかし、「925」も「950」も作り方次第で硬度は反転するため、含有率の違いが直接硬度を保証する訳ではありません。
下の添付画像(井島貴金属精錬株式会社さんの銀材カタログより抜粋-Hardは加工による硬化処理、Softは焼き鈍しという軟化処理を指し、HVはビッカーズ硬度で数字が大きいほど硬い-)のように、加工硬化(銀は曲げたり叩いたり伸ばしたり、加工によって硬くなる)された950は、中間的な925より硬くなるということです。
例えば、機械的な鋳造(型に流し込んで造る)で作られた925のバングル(ビッカーズ硬度100前後)より、伸ばして曲げて加工硬化されて作られたハンドメイドの950のバングル(ビッカーズ硬度120)の方が硬くなります。
つまり、刻印の違い以上に、見えない制作工程が、シルバーの質を左右しているということです。
特殊な熱処理による硬化作業を加えない一般的な鋳造の場合、950も925も硬度差は少ししかありません。
図の数字からも分かるように(SV925Hardのみ異様に硬い)、925は加工硬化や熱処理硬化(人工的時効硬化)などによって飛躍的に硬度を上げる材質であり、制作者にそのあたりの問題意識が無ければ、含有率925-950の材質差はあまり意味をもたなくなります。
見えない品質表記
硬ければ変形や傷に強いですが、その分粘度が落ち脆くなり、ヒビや折れが生じやすくなりますので、理想は硬度と粘度の両立する位置であったり、用途に拠る含有率の使い分けとなってきます。
例えば、バングルは、購入後使用者自身で曲げてサイズ変更する人が多いため、あまり硬度を上げ過ぎるより、曲げても折れないようある程度粘度(柔軟性)を持たせた方がよい場合もありますし、キーリングパーツは硬度を最大限上げたバネ性のある925でなければすぐに変形(口が開く)してしまい使い物になりません。
作家は「デザインが格好良ければいい」「売れればいい」ということを重視し、使用時の機能性や販売した後のことはあまり考えない人が多いので、消費者は「このアクセ、カッコいいけど、使い物にならねえ!」という作品に当たって泣きをみることになります。
「作り手の問題意識の有無」という、重要な、見えない品質表記が存在しているということです。
制作者が、その見えない表記を「見える化」するためには、丁寧な商品説明を心掛けたり、SNSやYouTubeなどで発信したり、様々なコミュニケーションツールを利用し、自身のこだわり(問題意識)を消費者に伝えるしかありません。
おわり
おまけ、「925」のメッキは存在しない
通販アプリで出品していると、「メッキの925ですか?」という質問をよくいただきます。
価値の非常に高いゴールドと違い、シルバーは比較的安価な貴金属なので、偽物をつかまされても泣き寝入りする人が多い(というか訴える時間がもったいないので放置する)のが現状です。
その為、通販アプリでは偽物のシルバーが野放し状態で溢れかえっており、銀メッキ製品に「925」の刻印を押している詐欺的な業者も多くいるようです。
物理的にはシルバー925で銀張りすることは可能ですが、上述の規定でも述べたように、「925」の刻印は絶対に押せません。
銀メッキや銀張りの場合、それに応じた刻印が必要です。
「SILVER PLATED」「SILVER FILLED」などです。
18金の金張り製品を「K18GF(Gold Filled)」ではなく「K18」の刻印で販売すれば逮捕されるのと同様、銀製品においてもきちんとメッキ製品であることを表示しなければなりません。
コロナ前に比べて、銀相場が三倍近く上昇しているため(記事執筆現在)、違法なシルバー製品に対して泣く消費者の悲しみも三倍上昇したとも言えます。
金ほど厳しく取り締まる必要はありませんが、少なくともザル状態は改めた方が良いと思います。